英語でコミュニケーション+α

英語でのコミュニケーションを学ぶ上で私自身が経験したことや学んだこと、見聞きしたことなどについて書いています。

私なりの英語を浴びせる環境づくり

以外と思われるかもしれませんが、私は幼少期からのバイリンガル「教育」に後ろ向きです。私自身が英語を話すようになったのが遅かったと言うのが主な理由なので客観的根拠には大きく欠けるのですが、それでも、例えば卒論が書けたり、MBAが取れたり、ビジネススクールでのプレゼンはこなせたり、妊婦健診をこなして子供が産めたり、インターンとしてアメリカで仕事をする事ができたり、ハーバードエクステンションで正規学生と一緒に授業を取れたりとかができていたのでバイリンガル「教育」自体は高校を過ぎてからでもいいのではと楽観視しているタイプです。もちろんアクセントは残ります。私にとって英語は母国語ではないのだな、とはっきりと分かるくらいの訛りはあります。それでも、世界のほとんどの英語スピーカーが「訛り」のある英語を話してる事を考えても訛りのある英語を話す事に対してそれほど抵抗感はありません。自分自身に伝えたいと思う内容や主張したい事柄がある場合、どうにかこうして伝えようとするものだと思うからです。

そんな私でも危惧していることが幾つかあります。

1つ目は、英語=学問・勉強と言う意識を持ってしまう事です。昔で言うなら中学から、今で言うなら小学校高学年からですが学校で初めて英語というものに触れるとどしても英語=勉強と言う意識になってしまい、数学や理科、古典などと方を並べてしまうので抵抗感を持ってしまう可能性があります。これは避けたいです。英語は日本語と同じコミュニケーションツールです。主張や情報を他者から自分へもしくは自分から他者へ伝えるたり、想いや気持ち、アイデアなどを共有しあったりする「術」です。学問とは少し異なります。そして、私たちはその「コミュニケーション」を日本語で日々行っているのです。嬉しい時悲しい時、何か面白いものを見た時や何か伝えたい事柄がある時からただの挨拶まで日本語コミュニケーションを通して人と関わっているのです。この日々私たちの生活と切っても切れない存在の日本語と英語は同じなんだと言う意識は育てたいと思っています。そのために、絵本やDVDなどの情報媒体を子供に提供する時には必ず英語と日本語の両方で提供するようにしています。また、日々のコミュニケーションの中にも英語と日本語の両方で表現することが可能だと言うことを知ってもらっています。例えば、息子が「アイス食べたーい」みたいなことを言ったりします。そんな時に、「アイス食べたーい、って英語でも言えるんだよ。I want an ice cream!」もちろん息子がすぐに真似できるわけでもありませんが、これをコツコツ日々の生活の中に取り入れていくことで英語と日本語の役割が同じだと言うことを意識してくれたらと思っています。特に、当人が主張したい事柄がある時の方が、英語=自己表現ツールと言う意識を持ってもらうのにより効果的だと思っています。

2つ目は、日本の教育システム、社会システムでは育ちにくい「思考プロセス」があることです。アメリカ人と関わったことがある人は分かるかもしれませんが、彼らの思考や感覚は私たち日本人のそれらとずいぶん違います。でも、その私たちとは違う思考や感覚を表現するのに最も適しているのが英語なの(詳しくはこちらから)で、いざ英語でコミュニケーションを取ろうとした時に英語型思考を基盤とした英語型のコミュニケーションスタイルが取れないと非常に不自然で言いたい事の半分も伝わらない英語を話すことになってしまいます。それでは困ります。なので、英語思考の基本である「自己の主張を道理をつけて押し通す」を育てるために、息子とに会話には必ず5WHを取り入れています。例えばこんな感じです。

息子:「今日見た映画面白かった。」

私:「へー、何(WHAT)がそんなに面白かったの?」

息子:「・・・(少し考える)黄色いロボットと青いロボットが敵を倒したところがカッコよかった。」

私:「へー、あんな強そうな敵倒したんだ。どうやって(HOW)?」

息子:「・・・(また少し考える)黄色ロボットと青いロボットが力を合わせて、長いバンバンと剣を使って倒したんだよ。」

と、まぁこんな感じで帰ってくる答えは4歳児っぽさ全開ですが、それでも英語の基本である自分の主張には必ず理屈をつけて相手を説得させる訓練にはなっているのかなと信じてこれも日々の生活に取り入れています。そのおかげなのか、最近の息子は発言するたびに必ず「理由」や「説明」を添えるようになりました。これは、日本人が一般的に感じる英語コミュニケーションに対する違和感を大きく低減してくれます。